2009年02月25日
関西経済特集 Vol.1
阪神なんば線開通により、交通インフラ大幅向上
関西経済復活の布石となるか
3月20日(金・祝)、阪神なんば線開通

主な関西経済(阪神なんば線)関連銘柄
鉄道関連銘柄 阪急阪神ホールディングス<9042>、近畿日本鉄道<9041>、南海電気鉄道<9044>、京阪電気鉄道<9045>、山陽電鉄<9052>、西日本旅客鉄道<9021>
流通関連銘柄 高島屋<8233>、エイチ・ツー・オー リテイリング<8242>、J.フロント リテイリング<3086>(東大1)、セブン&アイ・ホールディングス<3382>、丸井グループ<8252>、マツモトキヨシホールディングス<3088>、近鉄百貨店<8244>、三越伊勢丹ホールディングス<3099>、西日本旅客鉄道<9021>、南海電気鉄道<9044>
 阪急阪神ホールディングス<9042>(東大1)傘下の阪神電気鉄道(以下、阪神と略す)が現在、鋭意事業を進めている阪神なんば線の開通が今年3月20日、あと1ヶ月余りにまで迫った。この新線開通により、阪神と近畿日本鉄道<9041>(東大1)(以下、近鉄と略す)の相互直通運転が開始され、両社の乗客数・収益に多大な貢献をもたらすことが期待されるほか、新線の基点となる神戸・三宮、大阪・難波及び近鉄奈良駅周辺への、様々な波及効果も期待される。ここでは阪神と近鉄を中心に、沿線に関わる様々な企業及び開通によってその余波を受ける企業の将来性、さらにはこの新線がもたらす関西経済への功罪・今後の関西経済のあり方を述べてみたい。

【目次】
阪神なんば線開通・関西圏の鉄道行政の功罪
・阪神なんば線が劇的に変える人の流れ
・期待される沿線エリアの発展性
・開通で新たに掘り起こされる需要の潜在力
・開通により激化する地域間競争・懸念
・地域経済発展のために必要な考え方

関西圏の鉄道行政の功罪

 現在、大阪から神戸に向かう鉄道ルートとしては西日本旅客鉄道(JR西日本)<9021>(東大1)が運行するJR神戸線、阪急阪神ホールディングス<9042>(東大1)傘下の阪急電鉄(以下、阪急と略す)が運行する阪急神戸線、そして阪神が運行する阪神本線の3ルートが存在するが、何れの路線も大阪・梅田を基点としている。しかしこの路線配置が大阪・なんばを基点としている大阪南部や東部、奈良、和歌山方面の住民にとって、必ず大阪・梅田まで出てこなければならない、必ず乗換えが必要で時間がかかる、さらに乗り換えによって高い運賃を支払わなければならない、という3重苦を強いられる結果となり、定期券利用客・ビジネス客でもない限り、同方面エリアから神戸方面へは客足が遠のいているのが現状である。またその逆も同じで、神戸方面から大阪・難波(もう少し拡げればミナミ)、奈良へ足を運ぶ人は決して多くない。
 また、各鉄道会社で相互直通運転が網の目のように実施されている首都圏と違い、関西圏の各鉄道会社はそれぞれの縄張り意識と、自社ターミナルエリアのみの発展・囲い込みを重視した結果、住民にエリア間移動の不便を強い、延いては移動が滞ったことで経済そのものの沈滞化を招いたとする意見もある。従来までの関西圏の鉄道行政のあり方は今となってみれば失敗だったと言っても過言ではないかもしれない。

阪神なんば線が劇的に変える人の流れ

阪神なんば線 そうした関西圏の鉄道網の一大エポックメイキングとなり得るのがこの阪神なんば線である。まず前述した住民にとっての3重苦(乗り換え・時間・運賃)が大幅に改善される。阪神は大阪・難波から神戸・三宮までを約38分(快速急行利用)で結ぶことを発表しており、現在の最短ルートでは約35分(大阪市営地下鉄御堂筋線〜JR西日本神戸線新快速利用)と一見大差ないが、現在のルートは必ず乗り換えのため、ダイヤによっては待ち合わせ時間がかみ合わず、場合によっては40分以上かかってしまう。しかもこのJR西日本の新快速はダイヤの乱れが常態化しているため、実質的には阪神なんば線の方が優位に立っていると言える。また最安ルートで見ても、現在が540円(大阪市営地下鉄御堂筋線〜阪神本線・阪急神戸線利用)なのに対し、阪神なんば線利用ならば400円と圧倒的な優位に立つ。これが奈良〜神戸・三宮間となるともっと大きな差が開く。
神戸・難波・奈良、つながる
 このような優位性から、神戸方面から大阪・難波、奈良方面へ向かう場合、またその逆も同様に、相当数の顧客が従来の大阪・梅田を経由するルートから阪神なんば線に移動することが予想される。基点の一つである近鉄難波駅(開通後は大阪難波駅に改称予定)の1日あたりの乗降客数は現在16万人強であるが、開通後は1.5倍、通過客数で捉えれば2倍以上に増加することが見込まれている。沿線人口を考えれば、決して誇張された数字ではなく、むしろ抑え目な予想数値とも言える。同様に終点の阪神三宮駅、近鉄奈良駅も乗降客数の増加が確実視されている。因みに、阪神なんば線沿線には京セラドーム大阪があるほか(直下にドーム前駅が開業予定)、同線を経由して高校球児の聖地、そして関西の代表的文化とも言える阪神タイガースの本拠地である甲子園球場も立地しており、その2球場が一本の路線でつながることから、シーズン時には特に利用客数の増加が見込まれる。

期待される沿線エリアの発展性

 現段階で確定数値は出せないものの、以上のような利用客数の増加は当然のことながら、阪神・近鉄双方の収益拡大に寄与すること、沿線の周辺エリアの活性化に大きな貢献をすることも同時に期待される。その中で阪神なんば線開通による恩恵を最も受けると言われているのが、大阪・難波周辺、もう少し拡大すれば俗に言われる「ミナミ」エリアである。

 ミナミは昔から大阪一の規模を誇る繁華街であり、難波をはじめ、心斎橋、道頓堀など、全国的な知名度を誇る繁華街であり、大阪を舞台にしたドラマでは必ずと言って良いほど、登場するエリアである。当然のことながら大型店だけでなく、路面店の集積度もおそらく西日本一である。ただし、近年は交通アクセスの集中する大阪・梅田に客足を取られがちであり、またJR西日本をはじめ、エイチ・ツー・オー リテイリング<8242>(東大1)傘下の阪急阪神百貨店が阪急百貨店梅田本店の建替えを進めているなど梅田の攻勢が強まっており、ややミナミに分が悪いと目されてきた。
 そのミナミに阪神なんば線が乗り入れ、周辺エリアへの訪問人口が増加することで再浮上が期待されるようになっている。路面店もさることながら、最寄りの難波に所在する高島屋<8233>(東大1)の大阪店(本店)は来店客数の増加を見越し、増床・改装工事を進めているほか、富裕層の多い阪神間が沿線として加わることから、同エリアへの外商攻勢を積極化させており、厳しさを増す百貨店経営の中で同社は大きな期待を寄せている。また同店が入居している建物を所有し、ターミナルを接続させている南海電気鉄道<9044>(東大1)(以下、南海と略す)もターミナルの美装化・大規模な改修工事を進めており、阪神なんば線から南海各線への乗り換え客増加、接続する商業施設への来店客増加が確実視されている。特に南海は本線経由で関西国際空港にアクセスしており、間接的ではあるが、同空港の利用客数増加にもつながるのではないかと期待されている。
 また心斎橋に本店を構えるJ.フロント リテイリング<3086>(東大1)傘下の大丸も来店客数の増加に期待する。すぐ北隣のセブン&アイ・ホールディングス<3382>(東大1)傘下のミレニアムリテイリングが運営するそごう心斎橋本店の買収を今夏目処に進めていると先般、報道されているが、実現すれば阪神なんば線開通に伴うエリアへの流入増と、同店買収による売場拡大(現在の3万7000uから一気に7万u)を巧く結び付けたいところである。
 さらに関西資本ではないが、丸井グループ<8252>(東1)も難波に「なんばマルイ」を構えており、阪神なんば線の乗り入れる近鉄難波駅に最も近い商業施設であることから、こちらも来店客数の増加が期待される(因みに同社は阪神なんば線の西の終点である神戸・三宮にも「神戸マルイ」を構えている)。他、心斎橋と道頓堀に2店ドラッグストアを構えるマツモトキヨシホールディングス<3088>(東1)、相互直通運転に伴い、実質同一沿線となる近鉄上本町駅に「上本町店」を構える近鉄百貨店<8244>(大1)も売上増加が期待される。
 因みに従来、中之島・淀屋橋など大阪の「キタ」と言われるエリアに集中しがちであったオフィス需要においても、アクセスの利便性向上から難波が注目されてきており、南海のグループ会社が運営する「パークスタワー」(地上30F、地下3F、延床面積6万u)は入室率100%を誇るほか、マルイト梶i未上場)も難波エリアに地上31F、高さ144mの商業施設・ホテルを併設した「マルイト難波ビル」を建設中であり、今年6月末竣工予定であり、昼間人口の増加が期待される。

開通で新たに掘り起こされる需要の潜在力

 一方、神戸・三宮及び奈良もお互いのショッピング訪問は少ないと見込まれるものの(大概、中間の近鉄難波で乗客が入れ替わるものと見られる)、お互いの日帰り観光を目的とした利用はかなり増加するものと予想されている。同じ関西圏にありながら、アクセスの不便さで心理的な距離が遠かった神戸と奈良が一気に身近な存在となり、特に観光産業の比重が高い奈良は行政をはじめ、大きな期待を寄せている。奈良に一大鉄道網を敷いている近鉄にとっても奈良エリアにおける鉄道利用者数の増加、同社グループの観光施設の収入増加に大きな期待を寄せる。同様に神戸側も同一沿線となる奈良、或いは難波を経由した南海沿線である大阪南部・和歌山方面からの訪問者数増加に期待を寄せる。
 この阪神なんば線の相互直通運転区間は当面、阪神三宮から近鉄難波を経由して近鉄奈良までとなっているが、阪神三宮から先は山陽電気鉄道<9052>(大1)(以下、山陽と略す)が山陽姫路駅まで直通特急を既に運行しているほか(基点は阪神梅田駅)、一方の近鉄区間は近鉄難波駅から近鉄鶴橋駅で分岐し、名古屋や伊勢志摩へ特急が走っていることから、理論上では姫路から名古屋まで直通運転が可能である。よって近鉄は名古屋から姫路までの直通特急運行を切望しており、実際、阪神、山陽と交渉中であると伝えられている。これは阪神、山陽にとっても大きなメリットにつながる構想であり、様々な細部の詰めは必要となるが、実現の可能性も高い。もし実現すれば、314.8kmという私鉄最長路線となり、一部区間で競合するJR西日本にとっては大きな脅威となる。

開通により激化する地域間競争・懸念

 また脅威という観点で考えるならば、阪神なんば線開通に伴い訪問客数の増加が確実視される大阪・ミナミとは対照的に、大阪・梅田に基点・拠点を置く鉄道や商業施設が煽りを受ける可能性も否定出来ない。
 例えば阪神は現在、事実上基幹路線と言えるのは阪神元町駅と阪神梅田駅を結ぶ阪神本線のみであり、大阪方面へ向かう乗客は殆ど全て阪神梅田駅で下車する。帰りも殆ど同駅から乗車する。それがなんば線開通で大阪方面へ向かう乗客が分散されることから、阪神梅田駅の乗降客数が減少する公算が強まっている。現在の阪神本線沿線は既に関西圏有数の人口密集地のため開発余地は少なく、利便性の向上を好感して、今後少ない土地を有効活用したタワーマンションなどの建設は盛んになるかもしれないものの、基本的に爆発的な人口増加を見込めるエリアではないことを考慮する必要がある。
 また大阪から神戸方面へ向かう際に、今なら梅田まで出てこなければならない大阪東部や南部、奈良、和歌山方面の乗客が阪神なんば線の開通で梅田を通る必然性がなくなることから、大阪・梅田を基点としているJR西日本や阪急も神戸方面の路線について、乗降客数を減らす可能性がある。そうなると梅田に大規模な百貨店・商業施設を展開する阪急百貨店や阪神百貨店の来店客数減少につながる懸念が生じる。また2011年に開業予定で、現在建設中の大阪駅新北口ビルに入居する三越伊勢丹ホールディングス<3099>(東1)の新店舗も当初来店客数見込みを修正しなければならない事態に直面するかもしれない。

地域経済発展のために必要な考え方

 近時の不況が深刻化する過程においては、自動車から公共交通機関へのシフトが見られる傾向にあり、このような公共交通機関のインフラ向上はエリアに住む住民にとってはたいへん歓迎されるものである。また利便性向上に伴いエリア間移動の増加が見込めることから、景気刺激策としての効果も大きく期待出来る。
 ただし、恩恵を受ける住民・エリアがある一方で、余波を被るエリアもあり、これが顕在化した時、まかり間違うとお互いの利害関係の衝突から各鉄道会社がそれぞれの「エゴ」に走り、かえって一般住民にデメリットを与え、延いては地域経済にマイナスな影響を与えるリスクが増加する。実際、昨年首都圏にて東京メトロ副都心線が開通した時、その恩恵に預かると期待された新宿、渋谷と、煽りを受けると目された池袋のパイの奪い合いにつながった。また関西圏に戻って見ても、京阪電気鉄道<9045>(東大1)が昨年10月開通させた京阪中之島線は1日の平均乗降客数が事前予想の8万人に対して実際には3万人と、沿線エリアへの流入に殆ど貢献出来ていないうえ、開通に伴うダイヤ改正で京都方面に向かう特急が実質減少し顧客の利便性が低下、採算性の高い特急利用者の減少を招いていると伝えられている。

<最後に>
 今回は鉄道インフラを主体に地域経済に及ぼす好影響・悪影響について述べたが、やはり関西圏に限らず、地域経済の振興を目指す際には幅広いエリア視点、そして自社のみ発展すれば良いという「エゴ」を捨てる必要があろう。目先の「エゴ」は結果として自社を含めた全体の損失につながり、一方で全体の利益を考えた地域開発を目指せば、長期的視点で捉えた場合、結果として自社の「利益」につながっていくと思われる。地域経済に多大な影響を及ぼす企業には是非、そうした視点に立ったビジネス活動をして頂きたく思う次第である。


提供 日本インタビュ新聞 Media-IR 2009.02 |特集