『政府系ファンド(SWF)』の実態
世界経済を揺るがす新たなマーケットプレーヤー 『政府系ファンド(SWF)』を徹底検証

『政府系ファンド(SWF)』の実態


資産規模は5年以内で6兆〜10兆ドルへ

主な政府系ファンドの資産規模 世界的に金融市場が混乱する中で、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド=SWF [Sovereign Wealth Fund])が欧米の金融機関へ相次いで出資し、新たなマーケットプレーヤーとして存在感を増しています。SWFは各国政府が運用するファンドで、「国富ファンド」とも呼ばれており、原油や天然ガスからの収入を原資とする資源系と、外貨準備や財政黒字を原資とする非資源系があります。基本的には投資先の経営に関与せず、長期国際分散投資で高利回りを追求するとしていますが、運用実態についてはほとんど情報開示がありません。
 米議会の調査によると、07年秋時点で資産残高10億ドル以上のSWFは39ファンドあり、その資産残高の総額は3兆2390億ドルです。このうち資産残高が1000億ドルを超えるのは10ファンドです。また国際通貨基金(IMF)の予測によると、原油高や経常収支の不均衡で新興国の外貨準備が積み上がる結果、SWFの資産規模は5年以内に6兆〜10兆ドルに膨らむ見込みです。以下、代表的なSWFを紹介していきましょう。

各国の主な政府系ファンド(SWF)

●主要政府系ファンド一覧
ファンド名 国名 設立 原資
アブダビ投資庁(ADIA) UAE(アラブ首長国連邦) 1976年 資源
ドバイ・インターナショナル・キャピタル(DIC) UAE(アラブ首長国連邦) 2004年 資源
イスティマル UAE(アラブ首長国連邦) 2003年 資源
サウジアラビア通貨庁(SAMA) サウジアラビア 1952年 資源
クウェート投資庁(KIA) クウェート 1953年 資源
カタール投資庁(QIA) カタール 2005年 資源
テマセク・ホールディングス シンガポール 1974年 資源
シンガポール政府投資公社(GIC) シンガポール 1981年 財政黒字
ノルウェーの政府年金基金(GPF) ノルウェー 1990年 資源
中国投資有限責任公司(CIC) 中国 2007年 外貨準備
準備基金と国家福祉基金 ロシア 2004年 資源
韓国投資公社(KIC) 韓国 2005年 外貨準備
アラスカ永久準備基金 アメリカ 1976年 資源
オーストラリア将来ファンド オーストラリア 2004年 資源
ブルネイ投資庁 ブルネイ 1983年 資源
国家開発基金 ベネズエラ 2005年 資源
カザナ・ナショナル マレーシア 1993年 財政黒字
国家安定基金 台湾 2001年 外貨準備
国家基金 カザフスタン 2000年 資源
アルバータ遺産貯蓄信託基金 カナダ 1976年 資源
経済安定化基金 チリ 2006年 資源
石油安定化基金 イラン 1999年 資源
(IMF、各機関公表資料より作成)

▼UAE(アラブ首長国連邦)
UAE UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビ投資庁(ADIA)は、76年の設立と歴史が古く、世界最大の資産規模を誇っています。株式、債券、不動産などに幅広く国際分散投資し、投資した企業の経営には関与せず、長期投資で安定的に運用することを基本方針としています。株式投資の場合は、時価総額の大きい一流企業に5%以下の比率で出資し、長期保有すると見られています。07年末には米シティグループの優先株75億ドルを引き受けました。日本向けでも、ブルーチップと呼ばれる優良企業に幅広く投資していると見られています。
 また最近では、石油関連企業に投資する国際石油投資会社(IPIC)と、ハイテク関連企業に投資するムバダラ開発公社が戦略的な投資を始めています。IPICは07年秋、日本のコスモ石油に891億円(出資比率20%)を投資しました。ムバダラは、米半導体大手のアドバンスト・マイクロ・デバイスに出資したほか、航空宇宙やエネルギー関連企業への投資を活発化させている模様です。
 UAEのドバイでは、ドバイ・インターナショナル・キャピタル(DIC)イスティマルが知られ、共に運用方針はやや短期的と見られています。DICは、独ダイムラー、英HSBC、シンガポールの健康サービス大手トゥルーグループなどに出資し、07年秋には日本のソニーの株式(推定15億ドル規模)を取得しました。さらに今後3年間で、自動車産業や娯楽産業をターゲットにインド、中国、日本に対して50億ドルを投資する方針を示しています。イスティマルは、06年にマンダリン・オリエンタルホテル、07年には日本のファーストリテイリングに競り勝ってバーニーズ・ニューヨークを買収しています。

▼シンガポール
シンガポール シンガポールには、テマセク・ホールディングスと、シンガポール政府投資公社(GIC)があります。ともに国際分散投資と積極運用を基本として、金融や不動産を中心に投資し、投資先の経営権を取得することが多いことも特徴です。また、投資による国内産業育成と運用成績の両面で成功を収め、多くのSWFがモデルにしていると言われています。テマセクは74年、政府系企業を管理する持ち株会社として設立され、配当収入や上場・売却益を原資としています。07年12月には米メリルリンチに50億ドル出資しました。中国建設銀行やインドのICICI銀行にも出資しています。
 GICは81年、テマセクの子会社として設立されました。外貨準備を原資とし国際分散投資とアクティブ運用が特徴です。運輸・物流、通信、金融分野への投資が中心ですが、不動産への投資にも積極的です。07年12月にはスイスのUBSに98億ドル、08年1月には米シティグループに69億ドル出資しました。日本への投資では96年、三井不動産と共同で東京・汐留地区の再開発事業(汐留シティセンター)に投資しています。また07年春には福岡市の複合商業施設ホークスタウンを約1000億円で買収し、08年2月には米モルガン・スタンレーからウェスティンホテル東京を約770億円で取得しました。

▼ノルウェー
ノルウェー ノルウェーの政府年金基金(GPF)は、北海油田からの原油収入を原資とし、SWFの成功モデルとされている世界的な大型ファンドです。運用成績が四半期ごとのレポートで詳細に開示されるなど、透明性が極めて高いことでも知られています。運用方針は保守的で、海外へ分散投資しています。07年には日本の企業600社強の株主総会で議決権を行使したようです。また最近では、企業の社会的責任や環境保護活動などを重視して投資先を選別する姿勢を強めています。

▼サウジアラビア
サウジアラビア サウジアラビア通貨庁(SAMA)の運用方針は保守的です。海外証券投資のほとんどは米国債で、その規模は2000億ドル以上と見られています。経済的・政治的に米国との関係が深いため、たやすくドルを切り捨てられないためと言われています。

▼クウェート
クウェート クウェート投資庁(KIA)は、新興国を中心にインフラ、不動産、銀行などへの投資を重視しています。特に最近は、金融関係への投資が目立っています。06年には株式を新規公開した中国工商銀行の大株主となり、08年1月には米シティグループに30億ドル、米メリルリンチに20億ドル出資しました。新興国を主な投資先とする基本方針は維持し、ドル安で割安感が強まっているため対米投資も拡大する方針を示しています。

▼カタール
カタール カタール投資庁(QIA)の設立は05年ですが、積極的な運用で注目を集めています。08年2月にはスイスの大手銀行クレディ・スイスの株式を取得しました。今後はアジアへの投資比率を引き上げる方針です。またドバイとカタールは07年6月、共同で世界の企業に投資する新投資会社の設立に合意したと発表しています。

各国で運用されるSWF−−中国は世界最大の外貨準備で設立

中国の外貨準備の推移中国 中国は07年9月、中国投資有限責任公司(CIC)を資本金2000億ドルで設立しました。原資は世界最大の外貨準備で、さらに追加の資金注入が見込まれています。07年5月には大手ファンドの米ブラックストーンに30億ドル、12月には米モルガン・スタンレーに50億ドル出資しました。海外証券投資に向かうのは600〜700億ドル、最大で900億ドル程度と見られていますが、具体的な投資方針は公にされていません。出資先の株価下落で含み損を抱えたうえに、為替の元高リスクもあり、新規の対外投資に対して慎重になっているとの見方もあります。

 中国と並んで注目されているロシアでは、原油安定化基金が04年に設立され、08年2月には準備基金と国家福祉基金に分割されました。前者は先進国の国債で運用し、後者は株式などで積極運用すると見られています。
 このほかにも、米国アラスカ州、カナダ、オーストラリア、韓国、ブルネイ、リビア、アルジェリア、ベネズエラ、カザフスタンなどがSWFを運用しています。このうち韓国の韓国投資公社(KIC)は08年1月、米メリルリンチに20億ドルを出資して注目されました。

SWFに対する警戒感強く規制強化の動きも−−日本版SWFの設立には慎重な姿勢

 日本でも、積み上がった外貨準備の有効活用としてSWFを設立しようという議論が始まりました。しかし財務省は慎重な姿勢を崩していません。日本の外貨準備は国の純資産ではなく、政府短期証券で調達した借金が原資のためです。

 またSWFは、新たなマーケットプレーヤーとして期待される一方で、国家戦略に基づいて外国民間企業に投資するため、投資の受け入れ国側では経済ナショナリズムに対する警戒感が強まっています。運用方針や運用実態に関する情報開示がほとんどないことも一因です。一般の投資ファンドを経由することで実質的な支配者が外国政府となる可能性もあり、国家資本主義への警戒が強いのです。

 このため、SWFの行動ガイドライン策定や情報開示強化を求める声が高まり、国際ルール作りが加速しています。08年3月には、米国財務省がSWFの投資指針について、シンガポール、アブダビ両政府と相互協定を結んだと発表しました。SWFが米国に投資する際、政治的意図を排除してビジネス目的であることを徹底する一方、米国は保護主義的な投資障壁を設けず、規制は安全保障上の問題がある場合に限るとしています。

 またIMFも、ガイドライン策定の具体的な作業を進めています。SWFに求める行動規範の草案を8月までにまとめる方針で、投資内容の透明性や説明責任の明確化などが織り込まれる見込みです。経済協力開発機構(OECD)の提言では、安全保障との関係で投資受け入れ国が、特定の政治目的を持ったファンドからの投資を防ぐのは当然だと認めています。しかし、受け入れ規制は単なる保護主義と区別すべきだとも指摘しています。保護主義の台頭を招けば、世界経済はブロック化し機能不全に陥りかねないからです。

SWFが狙う日本企業とは・・

▼グローバルな自動車・商社関連企業が投資対象
 さて、こうしたSWFが日本への株式投資を進める場合、どのような銘柄が注目されるのでしょうか。中東諸国の投資家が日本株を運用する際、指標として活用すると見られているのが「S&P/TOPIXシャリア指数」です。これは、東京証券取引所と米スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が共同開発した株価指数で、07年12月3日から算出が始まりました。既存の「S&P/TOPIX150」採用150銘柄のうち、イスラム法(シャリア)への適合性の観点で選ばれた銘柄で構成されています。具体的にはアルコール、豚肉、タバコ、貴金属などを扱う銘柄が除外され、ソニーやトヨタ自動車など技術力やブランド力が高く、時価総額の大きい優良企業が多くなっています。こうしたことからも日本株への投資については、グローバルに展開している自動車関連、商社関連などが注目されそうです。

●S&P/TOPIX 150 Shariah 構成銘柄リスト 2008.1.10
コード 銘柄名 コード 銘柄名 コード 銘柄名
1925 大和ハウス工業 5333 日本碍子 6981 村田製作所
1928 積水ハウス 5401 新日本製鉄 6988 日東電工
2267 ヤクルト本社 5405 住友金属工業 6991 松下電工
2802 味の素 5411 ジェイエフイーHLDG 7201 日産自動車
2897 日清食品 5713 住友金属鉱山 7203 トヨタ自動車
3401 帝人 5802 住友電気工業 7240 NOK
3402 東レ 5803 フジクラ 7267 本田技研工業
3405 クラレ 5901 東洋製罐 7269 スズキ
3407 旭化成 5938 住生活グループ 7731 ニコン
4005 住友化学 6201 豊田自動織機 7741 HOYA
4063 信越化学工業 6273 SMC 7751 キヤノン
4185 JSR 6301 小松製作所 7752 リコー
4188 三菱ケミカルHLDG 6326 クボタ 7912 大日本印刷
4452 花王 6367 ダイキン工業 7974 任天堂
4502 武田薬品工業 6501 日立製作所 8035 東京エレクトロン
4503 アステラス製薬 6503 三菱電機 8113 ユニ・チャーム
4523 エーザイ 6752 松下電器産業 8802 三菱地所
4535 大正製薬 6753 シャープ 9062 日本通運
4543 テルモ 6758 ソニー 9064 ヤマトHLDG
4568 第一三共 6762 TDK 9104 商船三井
4689 ヤフー 6806 ヒロセ電機 9432 日本電信電話
4901 富士フイルムHLDG 6857 アドバンテスト 9437 エヌ・ティ・ティ・ドコモ
4902 コニカミノルタHLDG 6861 キーエンス 9531 東京瓦斯
4911 資生堂 6902 デンソー 9613 エヌ・ティ・ティ・データ
5108 ブリヂストン 6954 ファナック 9735 セコム
5201 旭硝子 6963 ローム 9831 ヤマダ電機
5332 TOTO 6971 京セラ 9984 ソフトバンク

提供 日本インタビュ新聞 Media-IR 2008.04 |特集