2009年09月25日
特集:新OSウインドウズ7とクラウドコンピューティング

■新OS「ウインドウズ7」発売

「ウインドウズ7」は2010年末までに1000万本出荷へ

 米マイクロソフトは今年10月、パソコン用基本ソフト(OS=オペレーティングシステムの略語で、パソコンを動かす頭脳の役割を担う)の最新版となる「ウインドウズ7」を発売する。国内では、東芝<6502>NEC<6701>富士通<6702>パナソニック<6752>ソニー<6758>など、パソコンや半導体事業を展開する関連業界への波及効果が期待されるが、一方では「クラウドコンピューティング」へのシフトなどを背景に、関連業界への波及効果は期待できないという見方が多いようだ。

 新OS「ウインドウズ7」は、日本ではマイクロソフト日本法人が、すでに9月1日に法人向けの販売を開始し、個人向けについては10月22日に販売を開始する。また「ウインドウズ7」を搭載したパソコンの新製品が店頭に並ぶのは年末商戦になりそうだ。

 米マイクロソフトの現行OS「ウインドウズ・ビスタ」は、セキュリティーなどの付加機能を重視したため、高性能パソコンでないと動作が重く、速度が遅くなることや、以前のウインドウズOSに対応した各種ソフトを使用できないことなどが不評で、一世代前のOS「ウインドウズXP」を継続して使用するユーザーが多かった。このため「ウインドウズ7」では、OS本体の付加機能を大幅に減らして操作性や速度を向上させている。ネットブックと呼ばれる小型・低価格のノートパソコンでも適度に機能するようだ。そしてOSの付加機能を減らした代わりに、独自のクラウドサービス「ウインドウズ・ライブ」を提供する。

 米マイクロソフトの2009年4〜6月期決算では、ウインドウズ部門の売上高は約31億ドルと前年同期に比べて29%減少した。重くて遅い「ウインドウズ・ビスタ」が不評だったうえに、パソコン市場での需要が、安価なOSを搭載するネットブックにシフトしていることなどを背景に、パソコン用OSの販売不振が鮮明になっている。マイクロソフト日本法人では「ウインドウズ7」の早期導入を促すため、法人向けアップグレード用ライセンスに期間限定特別価格を設定するなど、各種のキャンペーンを実施している。

 調査会社のIDCジャパンによると「ウインドウズ7」は2010年末までに1000万本出荷され、大企業の6割が3年以内に「ウインドウズ7」の導入に踏み切ると予測している。またマイクロソフト日本法人は「ウインドウズ7」の対象となる国内パソコン市場として、一般向けが3530万台、法人向けが3450万台と見込み、パソコン、対応ソフト、周辺機器、新サービスなどを含めて、2010年末までの「ウインドウズ7」効果を2兆3000億円と見込んでいるようだ。

 

「クラウドコンピューティング」にシフト

 パソコン用OS市場では「ウインドウズ」が約9割の市場シェアを握っているが、米マイクロソフトの新OS「ウインドウズ7」に対して、米アップルが自社パソコン「マック」用の新OSを発売し、米グーグルがパソコン用OS市場に新規参入するなど、OS市場での競争が激化している。この背景には、ネット経由で各種のソフトやサービスを提供する「クラウドコンピューティング(高性能サーバーを多数配備した大型データセンターに、各種のソフトやデータの保存機能を集約し、ユーザーが必要に応じてネット経由でソフトやデータを利用する手法)」へシフトする市場構造の変化がある。

 高速大容量のインターネットが普及し、各種のネットサービスも浸透したことで、パソコン市場の構造は大きく変化している。一般ユーザーにとってパソコンを利用する主用途は、文書作成や表計算などから、ウェブ利用やサイト閲覧へシフトしている。そして、パソコンなどの情報端末に求められる役割も、手軽にネット接続して利用できることが最大のニーズとなっている。また一方では、ネット経由で各種のソフトやサービスを提供する「クラウドコンピューティング」も台頭してきた。これによって、ワープロや表計算など応用ソフトの機能も、ウェブ上のサービスとして提供されるようになった。

 従来、応用ソフトやデータ処理をパソコン本体内で操作する場合は、OSやパソコン本体の機能が重要な要素だった。そして、新OSが登場するごとにパソコンの使い勝手が向上し、その都度パソコン本体にも新OSを快適に動かせるだけの高機能が求められた。このため、高機能パソコンへの買い替え需要やメモリーの増設需要などが、必然的に発生したのである。しかしウェブの利用が主用途なら、必ずしもパソコン本体の高機能や、OSの高機能を必要としない。むしろ、ネットに対する接続性や操作性を高めるブラウザー(ネット閲覧ソフト)の機能が重要になる。このため、パソコン用ソフトを巡る主戦場は、OSからブラウザーに移る可能性も指摘されている。

 各社の新OSは、こうした変化への対応が狙いとなっているようだ。米マイクロソフトの新OS「ウインドウズ7」も、OS本体の付加機能を大幅に減らす一方で、クラウドサービス「ウインドウズ・ライブ」を提供するなど、今後の「クラウドコンピューティング」の受け皿の役割を担っているようだ。

 一方、米アップルは自社のパソコン「マック」向けに、新OS「スノー・レパード」を発売した。従来のOS「レパード」の改訂版である。米マイクロソフトの「ウインドウズ7」と同様に、OS本体の付加機能を大幅に減らすことで、起動や操作の速度を格段に向上させた。さらに「クラウドコンピューティング」を意識して、企業向けサーバーに接続しやすくしていることも特徴で、自社パソコン「マック」の販売増に弾みをつけたい狙いだ。

 また米グーグルは、パソコン用OS「クロームOS」を新開発し、パソコンメーカーに無償で提供する計画だ。新開発の無償OS「クロームOS」は、同社の無償ブラウザーである「クローム」と一体化したOSである。パソコンの起動から数秒でネットに接続し、同社が提供する電子メールやサイト閲覧などのネットサービスを快適に利用できるなど、使い勝手を重視している。ネットブックと呼ばれる小型・低価格ノートパソコン向けに無償で提供し、2010年後半には「クロームOS」を搭載したネットブックが登場する見込みだ。また米グーグルは、すでに携帯端末用でも無償OS「アンドロイド」を提供している。パソコン用、携帯端末用ともに、OSの機能をシンプルにする一方で、ブラウザーの高機能化を進めることで「クラウドコンピューティング」対応を加速する戦略だ。

 多くのパソコンメーカーにとっては、ネットブックでの競争力強化と採算確保が課題とされている。OSが無償であれば、その分だけパソコンの価格を下げることが可能になるため、米グーグルの「クロームOS」の採用が広がる可能性は高い。そして、パソコン業界の勢力図が塗り替わる可能性や、米マイクロソフトが戦略の見直しを迫られる可能性も指摘されている。

パソコン需要への波及効果は限定的、一方で市場の構造的変化を加速

 景気悪化の影響などで企業のIT投資抑制が続いているが、マイクロソフト日本法人によると、そうした状況下でも新OS「ウインドウズ7」の法人向けの販売は、一世代前の「ウインドウズXP」からの買い替えを中心に、順調な滑り出しの模様だ。ただし「ウインドウズ7」が、パソコンの買い替え需要やメモリーの増設需要を喚起する効果は、過去のウインドウズOSの新製品に比べて小さいとみられている。

 新OSの発売時には一般的に、パソコンや半導体など関連業界への波及効果が期待されるが、最近では、かつての「ウインドウズ95」発売時のような盛り上がりは薄れつつある。そして今回は特に、関連業界への波及効果は限定的という見方が多いようだ。それは「ウインドウズ7」の特徴そのものが、パソコンの高機能機種への買い替え需要や、メモリーの増設需要を抑制する性格を持っているからだ。

 新OS「ウインドウズ7」の最大の特徴は、現行OS「ウインドウズ・ビスタ」の重くて遅いという欠点を解消するため、OS本体の付加機能を大幅に減らして動作速度を向上させたことである。そのため、手持ちの旧型パソコン、ネットブックと呼ばれる小型・低価格ノートパソコン、あるいは低容量のメモリーでも、特に問題なく使用することが可能だ。したがって、既存ユーザーが「ウインドウズ7」を購入しても、手持ちのパソコンにインストールして使用することが予想され、高機能機種のパソコンに買い替えたり、メモリーを増設したりする需要にはつながらないだろうという見方が多い。

 もちろん、タッチパネル機能など「ウインドウズ7」の特徴を生かした新製品の投入が、市場を活性化させる効果を期待する見方もある。また2010年前半には、米インテルのモバイルパソコン向け新プロセッサーが市場投入されるため、ネットブックの性能が向上すれば、新規ユーザーの開拓や既存ユーザーの買い替えを促す可能性も指摘されている。ただしネットブックの普及は、パソコンの低価格化を加速させることになり、パソコン事業の収益確保が課題の日本のパソコンメーカーにとっては、今まで以上にネットブック戦略が重要になるだろう。

 パソコンの市場では需要の中心が、安くて持ち運びも簡単なネットブックにシフトしている。一方、携帯電話の市場でも、音楽や映像のプレーヤーとして人気を得たスマートフォン(多機能携帯端末)の需要が急速に拡大している。さらに、ネット経由でソフトの機能やサービスを提供する「クラウドコンピューティング」が普及すれば、OSを含めて端末には過度な高機能を必要としなくなる。したがって、パソコンの市場ではネットブックへ、携帯電話の市場ではスマートフォンへ、需要シフトが加速する可能性は一段と高まる。そしてパソコンと携帯電話の市場の垣根はますます低くなり、これらの機能と市場が融合する可能性も高い。

 パソコンと携帯電話の垣根が低くなる中、米アップルでは、スマートフォンの一種である「iPhone(アイフォーン)」が、音楽配信やソフト販売の市場を開拓し、同社の収益の牽引役となっている。また、携帯電話やスマートフォン大手のフィンランドのノキアは、2009年10〜12月期に低価格パソコン「ブックレット3G」でパソコン市場に新規参入する。OSには米マイクロソフトの「ウインドウズ7」を採用し、第3世代携帯電話による通信機能も搭載する。

 今後「クラウドコンピューティング」が本格的に普及すれば、市場構造は急速に変化するだろう。こうした状況下で、ヤフー<4689>サイボウズ<4776>日立製作所<6501>NEC<6701>富士通<6702>NTTデータ<9613>などネット関連企業や情報システム関連企業が、ソリューション事業として「クラウドコンピューティング」サービスを本格化させるようだ。またNTT<9432>など通信大手も本格参入の構えを見せている。

 一方のハード面では、パソコン、携帯電話、高性能サーバーなどの事業に関連するハイテクメーカー、日立製作所<6501>東芝<6502>三菱電機<6503>NEC<6701>富士通<6702>パナソニック<6752>シャープ<6753>ソニー<6758>京セラ<6971>などには、コスト競争力の強化、ニーズを的確にとらえた製品開発などで、世界市場での競争に打ち勝つための戦略が求められる。