提言 個人投資家が知っておきたい企業IRの現状と問題点(上場企業のIR担当者も必見)
個人投資家が知っておきたい企業IRの現状と問題点

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企業価値創造のIR活動とは何か 求められる情報開示のあり方


最近のIR活動の目的と傾向 求められる経営者の株主に対する強い意識
安定株主優遇の動きへ

 従来のIR活動では、低迷する株価対策が主たる目的のようでした。しかし最近では、買収防衛のための安定株主作りという面も強く意識されているようです。この背景には、銀行など金融機関との持ち合い解消が進み安定株主比率が低下した一方で、ライブドアとフジテレビ、村上ファンドと阪神電鉄、王子製紙と北越製紙などの攻防に見られるように、日本でも本格的なM&A時代が到来し、敵対的買収に対する備えとして安定株主の確保に迫られていることがあります。株価が指標面で割安に放置されている企業や、時価総額の小さい企業は特に買収リスクを脅威に感じているようです。

 こうした状況を背景に、会社説明会などの実施に加えて、増配の実施、株主優待制度の導入、自己株取得・消却などによって株主配分を強化する動きも広がり、個人投資家向け説明会でも盛んにアピールされています。配当は投資家にとって重要なテーマであり、配当を重視する投資家は長期保有の安定株主になりやすいという傾向も見られます。したがって配当性向の引き上げなど株主配分政策を積極的に開示する企業も増えています。

 株主優待制度は個人株主の拡大を目的に普及した制度で、導入している日本企業は1000社を超えています。特に食品、小売、外食など投資家層が顧客層と重なる企業ほど、株主配分の強化とともに自社製品やサービスの顧客獲得にもつながるため積極的です。ただし株主優待制度というのは海外ではほとんど例がなく、株主優待が不要な機関投資家や外国人株主からは、企業が優待にかけるコストを配当に回すべきだという批判が多くなっています。

 また優待内容によっては特定の株主だけが恩恵を受ける可能性もあり、幅広く個人株主を増やすことにはならないという指摘もあります。さらに株主の権利が決まる時期だけ株式を保有し、確定すればすぐに売却するという優待目当ての短期的な株主が多いことも問題点として指摘されています。長期保有このため、株式保有期間の長い株主ほど優待を手厚くする制度が広がり始めています。株主を平等に扱うという会社法の原則に反するとの指摘もありますが、配当は保有期間によって差をつけることができないため、安定株主を優遇したい企業は多く、今後もこうした動きが広がりそうです。

増加する自己株取得を実施する企業

 自己株取得を実施する企業が増えています。制度面で実施しやすくなったことも背景にありますが、一時的な需給の引き締め効果があることや、経営者が自社の株価が割安だというメッセージを発するものだという解釈があり、株価対策として活用されている側面も強いようです。しかし単なる自己株取得は短期的な株価刺激材料に過ぎず、取得した自己株を消却しないのであれば株主配分につながらないという指摘が多いようです。

長期保有株主 企業が株主配分を強化する背景には、個人株主に対して長期保有の安定株主としての役割を期待していることがあります。もちろん現実的に言えば、株主総会での決議は大口の議決権を持つオーナー、親会社、機関投資家、持ち合い関係にある取引先などの動向に左右されます。したがって、こうした大株主の賛同を取り付ける安定株主工作が重要になります。しかし、個人株主を安定株主として増やしたいと考える企業は多く、さまざまな工夫を凝らしながら個人投資家向けIR活動を活発化させています。

 ここ数年の株式市場の活況も背景に「貯蓄から投資へ」の流れが加速し、個人株主数は増加傾向にあります。ただし個人投資家は、必ずしも長期保有の安定株主として期待できるわけではありません。最近は特に、個人投資家の売買の小口化が進んでいるとともに、株価が上昇した銘柄ほど個人株主の保有比率が低下する傾向を強めています。つまり個人投資家の場合、株価が上昇すると売却して利益を確定する短期売買の傾向が依然として強いのです。個人投資家には企業との利害関係がないため、値上がり益や配当を見て合理的な行動を取るとも考えられています。もちろん個人マネーは投信を通じても流入していますが、人気の投信は外国債券や新興国株式で運用するタイプであり、国内株式で運用するタイプの人気はあまり高くありません。

「モノ言わぬ安定株主」から「モノ言う株主」へ

 企業が個人株主を安定株主として期待するのは、個人株主が「モノ言わぬ安定株主」であることが前提でした。しかし個人株主も「モノ言う株主」に変わりつつあります。米投資ファンドのスティール・パートナーズとブルドックソースの攻防では、株主総会で買収防衛策が可決され、スティール・パートナーズの差し止め請求を東京地裁が却下しました。投資ファンドの要求に対して、取引先株主や個人株主が経営者を支持した形となりました。しかし07年2月、東京鋼鉄の臨時株主総会では大阪製鉄の完全子会社になる議案が否決されました。

 独立系投資ファンドのいちごアセットマネジメントが、株主に不利な統合条件としてプロクシーファイト(委任状争奪戦)を主導し、実質的に半数の個人株主がファンド支持に回ったためです。経営陣が合意したM&Aが株主総会で否定されるという日本初のケースとなりました。また08年1月には、ドラッグストア大手のCFSコーポレーションの株主総会で、調剤薬局大手のアインファーマシーズとの経営統合案が否決されました。これは、CFSコーポレーションの筆頭株主で、統合に反対するイオンがプロクシーファイトを仕掛けた結果、統合比率やCFSコーポレーションの業績不振に不満を抱く個人株主、取引先株主、金融機関の一部がイオン支持に動いたためです。

特集 【参考特集】アクティビストFの動向

 株主総会では個人株主からも、株主配分に関する方針、不祥事や業績低迷に対する経営責任のあり方、経営方針や成長シナリオなどに関して、活発に質問や意見が出されるようになりました。個人株主が「モノ言う株主」に変わった今、株主総会に限らずIR活動全般において、経営者は株主の目をより強く意識し、企業価値の向上策や適正な株主配分についての説明責任と、その実現を求められているのです。この責任を果たすことができなければ、いくらIR活動を強化しても安定株主を獲得することは難しいでしょう。そして個人投資家向け説明会も、安定株主作りという点ではコストに合わない可能性が高いと認識され始めています。


 
提供 日本インタビュ新聞 Media-IR 2008.06 |特集