【小倉正男の経済コラム】「トリプル安」円安が起因となって債券安、株安

日本銀行 日銀

■「円安になれば原価が下がる」

 1~2年前のことだが、ある輸出型製造業経営者に「円安」について聞いたことがある。「円安になれば、会社にとってビジネス、業績では得ですか」といった質問をした。

 普通はそうした素朴な質問はしない。話の流れで具体的にどういうメリットがあるのか、あらためて尋ねてみた。

 「円安になれば原価が下がりますからね」

 経験則なのか、ぽつりと答えてくれた。

 この25年3月期決算でも、輸出型製造業は1ドル140円、あるいは1ドル145円の想定レートを打ち出している企業が少なくない。現状は1ドル156~157円台にある。それどころか1ドル160円に再接近している。現状は「円安」だが、輸出型製造業サイドは反対に「円高」を想定している。

 「25年3月期は円高を想定している。前期は円安で為替差益が大幅に出たが、25年3月期は円高でむしろ為替差損が出ると想定している」

 当方はそんな風、つまり「円高」になるようにはまったく思えないのだが、輸出型製造業サイドは極端な「円高」見通しを語っている。現状の「円安」がそのまま継続すれば、前期同様に為替差益が生み出される。

■消費者にとっては「円安」は原価高になる

 「円安になれば、原価が下がる」

 「円安」になれば一般的には原油を含めて原材料高、電気料金など原燃料高で原価は上昇する。しかし、海外ではドルで売っているのだから、その売り上げ(=ドル)を円で評価すると上昇する。その差し引きで、結果的には原価は低下するということになる。

 原価が下がるとなれば、ビジネス面で大きなメリットがある。商談で競合している場合、多少値引きしても引き合いを成立させることが可能になる。業績面でも原価低減されているのだから営業利益は増益になる。そのうえドル建ての売り上げ債権を円で評価すると為替差益が生まれる。

 一般の国民、消費者にとって「円安」は原価高になる。企業サイドは、原材料高、原燃料高は価格転嫁するからインフレになる。消費者は値上げで高騰した商品・サービスを買うことになる。高い電気・ガス代も支払うしかない。海外旅行をするとすれば、割高な支払いを覚悟しなければならない。

■「円安」に出口なし

 輸出型製造業企業がいま「円高」を想定しているのは、米国の利下げを拠り所にしている。しかし、米国としても利下げには簡単には踏み込めない。6月に入って製造業などで景況感後退が確認されているが、インフレが収束をみせるかどうかは不透明だ。

 米国のインフレ払拭時期を予測するのは困難だ。利下げは政治的に最速で急ぐとすれば9月が焦点になる。大統領選挙(11月5日投票日)以前に利下げを行うとしたら9月が最後のチャンスである。だが、それにはインフレ収束、景気後退などが必須の条件となる。何ともこればかりはインフレ動向次第だ。

 日本のほうは日銀の国債買い入れ減額、つまり債券安から長期金利が1%台乗せと久々に高水準の位置に上昇している。5月後半株価は大幅安となった。それでも為替は1ドル156~157円と「円安」に基本的な変化は生じていない。むしろ、これは1ドル160円台を抑止する作用をもたらしたところに意味があったのかもしれない。(「円安」一辺倒だったのが、1ドル160円台になったら今度は市場介入など「円安」是正。やり慣れないことをやったわけである。)

 「円安」によるインフレで消費は低迷が避けられない。現に日本の1~3月期GDP(国内総生産)は能登半島地震、消費低迷でマイナス成長に陥っている。GDPが低迷しているわけであり、おいそれと再利上げには踏み切れない。それならと長期金利上昇で調整しようとしても「円安」を変えることはできていない。

 5月後半の「トリプル安」、円安が起因となって債券安(長期金利上昇)、株安の連鎖をもたらしている。いわば「円安」に出口なしである。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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