【小倉正男の経済コラム】「賃上げ」経済界の抵抗で中身はほとんど希薄化

小倉正男の経済コラム

■「新しい資本主義」と仰々しいが中身は・・・

 中国が、自国について「質の高い民主主義を創造して実践している」「専制は民主のためである」と主張している。新疆ウイグル、香港などでの圧政ぶりからみて、何を言っているのかと首を傾げざるを得ない。

 これとほとんど同程度といっては申し訳ないが、岸田文雄首相の「新しい資本主義」というのも首の傾げがなかなか元に戻らない。何か画期的な政策が行われると期待していたわけではない。それにしても打ち出しは仰々しいが、内容はといえばあまりにも乏しいものになっている。

 「新しい資本主義」というが、その中身は企業に賃上げを促す優遇税制を実施するというものだ。賃上げを行う企業には大企業で30%、中小企業で40%まで法人税額から控除する。従来から大企業20%、中小企業30%を最大控除率とする優遇税制が行われている。それを拡大するというわけである。

 優遇税制の要件は、大企業で(ボーナスを含む)給与支給額3%超、4%超、中小企業で1・5%超、2・5%超など「段階」を設定している。国は企業経営サイドに内部留保、配当だけではなく、正規社員におカネを廻せと注文を付けている格好だ。

■ボーナスを賃上げと同等にしたのでは賃上げは進まない

 国は民間企業に介入する「社会主義」めいたやり方まで採っているが、結果として賃上げとボーナスを一括りにしているところからみると“迷走”がさらに深まっている。

 基本給の賃上げは、ボーナス、あるいは退職金に至るまで「ベース」となるものだ。企業経営者としては、基本給の賃上げは極力避けたいのが本音である。だから、やたらとボーナス(賞与・一時金)で済ませてきている。“ボーナスも賃上げと同等にする”というのは経済界=経営者サイドからの要求であり、岸田首相・自民党はこれに押し切られたことになる。

 結局、国は賃上げとボーナスを同等にして決着した。好業績の企業が賃上げではなく、ボーナスで正規社員に報いても、賃上げと認定して法人税額を減税するというわけである。「新しい資本主義」=「分配」「賃上げ」というが、結果的には大きく骨抜きされている。

 従来の「賃上げ優遇税制」はほとんど上手くいっていなかった。法人税控除率を拡大するわけだが、岸田首相の「新しい資本主義」という旗振りにおいそれと従って経営サイドが賃上げに走る様子は考えられない。

■労働力10人に4人は非正規、10人に5人になる可能性も

 問題はそれだけではない。この20~30年で雇用形態が大きく変わっている。大きな変化とは非正規雇用が大幅に増加していることだ。

 2020年でみると労働力に占める比重は、正規雇用63%、非正規雇用37%となっている。2020年は新型コロナ禍で非正規雇用が切られるといった背景があり、非正規雇用は比重が減ったのが現実だ。いまや通常ベースでは、非正規雇用が労働力の40%を占めている。10人の労働力のうち4人は非正規雇用となっているわけである。

 非正規雇用は賃金が安いうえにボーナス、退職金、さらには社会保険などが付与されない。しかも、新型コロナのような不測の事態が生じれば雇い止めにさらされる。企業経営サイドには、とりわけコスト面で重宝であり、非正規雇用の増加が止まらない。「貧富格差」の問題が騒がれているが、正規雇用と非正規雇用の賃金格差はその大きな要因となっている。

 国が経営サイドに賃上げ、ボーナスの増額を強力に求めるとすれば、経営サイドはさらに非正規雇用を増加させる可能性がある。10人の労働力のうち非正規雇用が5人という状況が迫っている。

 非正規雇用の規制に手を付けないで「新しい資本主義」=「分配」「賃上げ」といっても、ザルで水を汲むようなものになりかねない。最後にひと言添えれば、国が「賃上げ」してくれるというような安直な考えを持っているようでは、賃上げはいつまでたっても実現されないというのが現実であるということにほかならない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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