【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】けものフレンズと平将門の思わぬ「販路」

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作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術

■村上春樹の新作を脅かす?「すっごーい」ベストセラー本!

 村上春樹の書き下ろし新作「騎士団長殺し」が快調な出足で、早くも各書店のベストセラー1位となっている。待ち焦がれていたファンも多かったことだろう。
 一方、ベストセラー本には今、思わぬダークホースが出現している。それは「けものフレンズBD付オフィシャルガイドブック(1巻)」という「本」だ。
 この2月下旬にはAmazonの本売れ筋ランキングで「騎士団長殺し」を上回る瞬間も見られた。しかもこの本は3月25日発売予定で、今は予約分の動きである。既に現段階から品薄で、24日現在でAmazon含めた大半のネット書店が予約を受け付けられない状況となって、一部でプレミアがつくようになっている。今は売ろうにもタマがないわけだが、版元のKADOKAWAは「増刷」を急いでおり、今後の動きが楽しみになってきた。

 「けものフレンズ」とは現在放送中の深夜アニメで、目下大ブレイクしつつある。内容は美少女に擬人化された動物たちが活躍する、SF的な、哲学的な、チャレンジャブルな作品だとだけいっておこう。つれて放送に協力している各地の動物園も人気化しているというから馬鹿にできない。

 通常、深夜アニメのビジネスモデルはブルーレイ(BD)・DVDの映像パッケージ(通常2話収録で6~7千円)を売ることで利益を得る構造である。キャラクターグッズもあるが深夜アニメの中心はこれだ。販路はCD・DVDショップやアニメショップ、ネットショップであり、書店は関係ない。
 これに対しけものフレンズは、映像パッケージ(2話収録)付きの「本」を3780円で売るという戦略をとっている。わかりやすくいえば食玩だ。食玩は実質的な商品であるおまけの玩具にチープなお菓子をくっつけて、玩具店ではなくスーパーで売る。けものフレンズはCDショップなどでなく、書店を新たな販路にした格好である。

 3780円は通常のBDとして見ればかなり安い価格設定であり、これも人気の要因だろう。実はKADOKAWAは、当初はあまりこのコンテンツに期待しておらず、こうした変則的な、実験的な方法をとったのかもしれない。それが結果的に爆発的なベストセラー本となったのだから、世の中はわからないが。
 再販制度下にある書店で新作アニメを売ることのメリット・デメリットは、今後面白そうなデータが出てきそうだ。当然客層も異なるわけであり、例えば普段深夜アニメと縁のない層が手に取る機会もあるはずで、数ヶ月後にどんな数字が出てくるか、目が離せない。

 どこかに思わぬ販路がある。逆に最近では書店で売らず、コンビニだけで売るムック形態の本に注力している版元もある。まっとうな手段でモノが売れないなら、経営者はゼロベースで販路を考えていくべきなのである。

■平将門が重視した「水の道」

 歴史もゼロベースで考えると、色々な可能性が見えてくる。
 平安時代中期に「平将門の乱」という大事件があった。将門は桓武平氏高望の孫で、下総北部の豊田・猿島(茨城県坂東市周辺)を地盤とした武将だった。昭和には大河ドラマ「風と雲と虹と」の主人公として取り上げられ、加藤剛が演じていたことを記憶されている方も多いだろう。
 天慶2年(939)、将門は常陸・下野・上野の国府を瞬く間に占領し、広大な坂東平野を支配下に置いた。京の朝廷を震え上がらせた将門が、新たな関東の王として「新皇」を称したことはあまりに有名である。だが新皇将門の関東支配は一瞬の夢で、翌年に平貞盛と藤原秀郷の軍によって鎮圧され、将門は討たれた。

 さて将門の関東制圧は、東国名産の馬を駆って、縦横無尽に坂東平野を駆け巡っていった印象があった。ところが実態は異なるようだ。当時の坂東平野はただっ広い平原ではなかったのである。注目は水系だ。
 当時の常陸国南部から下総北部には巨大な内海が存在した。これは「香取の海」と呼ばれる湖沼で、現在の霞ヶ浦、北浦、印旛沼、手賀沼をすべて含む巨大な内海である。
 千葉県立中央博物館大利根分館のサイトに詳しい図(http://www2.chiba-muse.or.jp/?page_id=279)があるので、ぜひ参照して欲しい。

 また、「坂東太郎」利根川は、現在千葉県銚子市から太平洋に流れているが、近世までは東京湾に注いでおり、埼玉県を流れる古利根川が当時の本流だった。ちなみに当時の東京都もかなりの部分が海であることを上記のサイトで見てほしい。鬼怒川水系も現在と異なり、古鬼怒川は香取の海に注がれていた。
 香取の海周辺からは丸木船も出土しているので、古くから水上交通が盛んであったと考えられる。つまり香取の海と、現代とは異なる水系が入り交じる坂東平野の交通の中心は水上交通で、将門もそれを大いに活用していた可能性が大きい。

■将門と藤原純友はフレンズだった?

 実際、将門の地盤である豊田・猿島は東京湾、香取の海につながる水上交通の要衝にあった。また、将門の抗争相手だった平国香の本拠石田(茨城県筑西市)もそうした水系の要衝だった。陸ではなく、いかに「水の道」を押さえるかが武将たちの最大の焦点だったと考えられるのである。古代の道の主役は何と言っても水上交通なのだ。
 将門の軍は馬ではなく、舟を駆って坂東を縦横無尽に往来していたのかもしれない。

 同時期に伊予の地方官・藤原純友も瀬戸内海で反乱を起こし、東西両方から挟撃された朝廷は大いに恐怖した。
 将門と純友の「密約説」は古くからいわれていることだが、現在では否定論が大勢だ。しかし、2人が太平洋沿岸航路で結ばれていた公算もゼロではないだろう。日本海の交流に比べ、この時代の太平洋のそれを証明するのは難しいのだが、少なくとも鎌倉幕府の史書『吾妻鏡』によれば、鎌倉時代に鎌倉と土佐を結ぶ廻船ルートがあったことが確認できる。古代の太平洋ネットワークも我々の想像以上に発展していたのではないだろうか。

 思わぬところに「道」は存在する。経営者は常に常識を疑い、ゼロベースで物事を考えていくべきだろう。そこには思わぬ発見があるはずだ。

(参考資料・「茨城県の歴史」山川出版社、「戦争の日本史4・平将門の乱」川尻秋生・吉川弘文館)

(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)、「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数)

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