【小倉正男の経済コラム】トランプ大統領は泣き所を露呈 株式・国債・ドルの「米国売り」=深刻な信認低下

 トランプ大統領は「相互関税」を発動させた。ところがその発動直後にまさかの豹変、報復関税をせず協議を要請している60カ国・地域を対象に90日間の猶予を行うとしている。各国に課す共通関税10%は残るが、90日間のうちに個別に交渉を進めると方針を変更している。

 中国とは報復関税の応酬がピークに達している。トランプ大統領は、「中国への関税は125%に引き上げる」とSNSに書き込んでいる。しかし、これも直後に訂正された。3月までに発表している追加関税も合わせると関税率はなんと145%。激しい報復関税の連鎖で当事者も混乱が隠せない。中国は対抗して125%の報復関税に踏み切った。

■「関税は輸出する側への増税、輸入する側の収入」という思い込み

 中国からの輸入品は実物価格の1・45倍の関税が賦課される。実物価格より関税上乗せ分の価格のほうが大きい。米国の消費者からしたら、実物を買っているのでなく“関税を買っている”という実感を持つに違いない。

 米国の大都市ではすでに「卵1個、ブロッコリー3株がそれぞれ1ドル」という凄まじいインフレになっている。中国への145%関税はそれこそ物価狂騰に拍車をかける。

 トランプ大統領は、「米国は1日20億ドルの関税収入を得ている」と金額、ロジックとも根拠不明な発言を行っている。関税は輸出する側が負担するわけではない。輸入する側が負担し、最終的には消費者が負担する。「関税収入」ではなく、「関税支出」だ。ところが、トランプ政権では思い込みに基づいた思想として「関税は輸出する側への増税、輸入する側の収入」として扱われている。

 関税の上乗せは実質的に米国の消費者への「増税」であり、「増税」が先行して市場に定着する。米国はインフレと景気後退・不況(デフレ)が同時進行するスタグフレーションの“悪夢”に突入が避けられない。トランプ大統領の「関税戦争」がもたらす物価狂騰、失業者増加などの悲惨な影響は、むしろ米国が最も厳しいものになりかねない。

■米国債など債券大量売却・株価大暴落・ドル下落の「米国売り」=深刻な信認低下

 トランプ大統領は、“長期戦は避けたい”と思っているに違いない。トランプ大統領は待ちに待った「解放の日」として相互関税を喜色満面で世界に発表している。ところが発動後ほぼ半日で約60カ国・地域に課した上乗せ関税(相互関税)を引っ込めている。トランプ大統領は「90日間停止」とあくまで上から目線で世界に猶予を与えると強気姿勢を変えていない。

 だが、その上から目線の強気を上辺だけを飾るものにさせたのは“マーケットの弾劾”にほかならない。相互関税が、仮に「1日20億ドルの関税収入」(トランプ大統領)になるのなら、NY株式、米国債など債券、通貨ドルはいずれも売られる筋合いのものにはならない。

 ところが相互関税が発表されるとNY株価を筆頭に世界の株式市場は目も当てられない大暴落に見舞われた。4月初めの3日間で世界の株式時価総額は10兆ドル(1400兆円超)が消滅している。株式の乱高下・大暴落はいまだ止まっていない。株式が大暴落なら安全資産の米国債など債券が買われるのが通常だが、米国債が投げ売り状態となっている。これは長期金利を押し上げている。金利が上がればドル高となるものだが、週末にはドルが売られて通貨安が止まらない。

 「米国売り」のトリプル安である。米国への信認が大きく揺らぎ、「米国売り」の様相が深まっている。マーケットは、直接的にはトランプ大統領の「関税戦争」による世界不況リスクの極大化、さらには深刻な疑心暗鬼に陥っている欧州など同盟国との安全保障の亀裂といった不確実性昂進に強い懐疑を突き付けている。トランプ大統領は致命的な泣き所を晒したことになる。

 とりわけ米国債など債券投げ売りは銀行など金融機関の財務悪化・毀損という “金融危機”を招きかねない。百戦錬磨で金融の修羅場を知り抜いているベッセント財務長官は、「米国売り」というマーケットの動揺を見て、“金融危機”が生じたら相互関税どころではない、という重大な懸念を持ってトランプ大統領に助言(警告)した。

■「90日間停止」ディールで目に見える結果を出したいトランプ大統領

 トランプ大統領も「債券はややこしい」と事態を理解した。だが、窮地に立ったトランプ大統領の豹変は見事といえば見事である。相互関税で「米国売り」による“金融危機”の兆しがみられるなら、発動半日で「90日間停止」という後退をあえて行うと即時に切り替えている。

 トランプ大統領は、ここは個別の国・地域との交渉・ディールで米国の利益拡大、損失縮小を積み上げる。言うことを聞かないなら遠慮なしに相互関税、あるいは得意の根拠不明な言動を使ってでも脅しにかかるに違いない。

 米国は相互関税を再びゴリ押しする機会を待つだろうが、露呈した「米国売り」という泣き所を抱えている。この泣き所はやっかいだ。例えば米国に“金融危機”が起これば世界に波及が避けられない。(米国債保有残高は日本が世界断トツ。米国からしたら満期まで売らないで保管しておいてほしいということになる。どの国にしても米国債は使うに“使えないカード”にほかならない。)

■「145%VS125%」米中は高関税の報復を応酬し持久戦の様相

 だが、個別の交渉・ディールでも焦っているのは米国のほうになる。インフレがもたらす物価高、景気後退による失業増などスタグフレーションは進行を待ってくれない。トランプ大統領は短期で目に見える結果を出す必要に迫られる。

 トランプ大統領が最初のディール、交渉相手に選んだのは日本。これまでの日米会談で交渉事に最もナイーブ(ひ弱)で無為無策、日本なら成果を大きく搾り取れると踏んでいるとみられる。

 日本とすれば焦る必要はない。解決を急ぐこともない。元を正せばトランプ大統領の身勝手な「米国第一」「近隣窮乏化」が原因である。脅しにめげず理非を正して米国への直接投資など悠然と交渉する。無用な譲歩は必要ない。

 米中の「145%VS125%」という馬鹿げた報復応酬の「関税戦争」もおそらく長期のものになる。米中の巨大経済国の「関税戦争」であり、長期化すれば当事者の米中に痛撃をもたらすだけではなくそれだけで世界経済は大幅な後退が避けられない。

 そうなると苛立つはトランプ大統領のほうとみられる。トランプ大統領はディールを持ちかけて早期に打開を図らなければならない。米国内のインフレ昂進、景気後退が明らかになればトランプ大統領への信認は揺らぐ。「空白」のような長期戦は苦手に違いない。

 中国はトランプ大統領がどう動こうが「無視する」と報復関税は打ち止めを宣言。持久戦入りということになる。中国は「戦わずして勝つ」(孫子)でトランプ大統領の苛立ちを待つ。トランプ大統領はその言動でたえず世界を驚愕させてきている。その度に世界を動揺させている。しかし、どこでも舞台裏はそう簡単ではない。トランプ大統領の「関税戦争」は早くも正念場に差し掛かっているというべきかもしれない。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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