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- 【小倉正男の経済コラム】トランプ大統領には悪夢 雇用は5月から急悪化、関税の不透明感で景気後退 インフレも顕在化が接近
【小倉正男の経済コラム】トランプ大統領には悪夢 雇用は5月から急悪化、関税の不透明感で景気後退 インフレも顕在化が接近
- 2025/8/3 10:24
- 小倉正男の経済コラム

■景気動向を示す雇用は5月から急悪化に大幅下方修正
トランプ大統領の政権下、米国の景気は堅調~順調といわれてきた。しかし、8月1日に発表された雇用統計は景気後退(リセッション)のシグナルを点滅させるものとなっている。同日のNY株価は542ドルの大幅安となり、米国債が買われてドルは大きく売り込まれている。
雇用統計によると7月の非農業部門雇用者数は、事前予想を大幅に下回って7万3000人増に鈍化。そのうえ5月、6月分の雇用者数を大幅に下方修正している。5月は12万5000人増から1万9000人増 6月は14万7000人増から1万4000人増に改訂された。景気動向を指し示す雇用者数は、5月から急悪化を遂げていたことになる。
政府機関、各企業の事後報告・調査などの集計結果からの大幅修正である。7月の失業率は4・2%(6月4・1%)に悪化した。トランプ大統領は、減税原資捻出のために連邦政府職員を大量解雇している。関税政策の混迷で製造業各社などが先行き不透明感から雇用に慎重な姿勢をみせた。それらの影響が雇用の急悪化をもたらしている。
■トランプ大統領には悪夢、パウエル議長にとっても寝耳に水
トランプ大統領にとっては悪夢に近いショックだったとみられる。SNSに雇用急悪化は「不正に操作された」、さらにエリカ・マッケンターファー労働省労働統計局長の解任を指示したと書き込んでいる。
労働統計局長は事実に即して改訂したわけだが、トランプ大統領は怒りを表明している。一方、連邦準備制度理事会(FRB)パウエル議長には「引退させるべきだ」と書き込んでいる。雇用急悪化を機にパウエル議長へのこれまでの憤懣を再々度持ち出している。雇用急悪化を陰謀、パウエル議長のせいにして利下げを要求している。
パウエル議長にしても寝耳に水だったに違いない。雇用など米国景気は堅調、だが関税という不透明要因を抱えている。トランプ大統領が声高に要求する利下げには踏み込まない。パウエル議長のスタンスはそうしたものである。
パウエル議長は矜持を持って金融政策を制御している。だが、雇用急悪化というこの局面急変をみれば、9月利下げを緊急課題として検討しなければならない必要が生じる。米国経済は“化け物”、トランプ大統領の世界各国への関税賦課があってもビクともしないとみられてきた。しかし、それはやはり“神話”だったかという感がある。
■各業界各社が関税分の価格転嫁表明、米国はインフレに襲われる
日本の6月対米輸出(貿易統計・確報)をみると、原動機、電算機など一般機械4127億円(前年同月比6・9%減)、半導体など電子部品の電機機器2473億円(0・4%減)。6月は関税の不透明感に覆われていた時期であり、低調ぶりが拭えない。
低迷が目立ったのが輸送機器5501億円(22・1%減)。自動車4193億円(26・7%減)、自動車部品906億円(15・5%減)。この時期は極端な手探り状態、とりあえず値下げをして競争力を維持し、米国市場での販売シェア確保に動いたとみられる。
だが、現在ではデンソー、アイシンなど自動車部品メーカーがこぞって第2四半期以降は関税分を価格転嫁に踏み切っていると発表。こうなるとトヨタなど自動車メーカーも近々に関税分を価格転嫁する方向に動くとみてよいに違いない。
「いまは値引き要請などはできない、自動車メーカーから値引き要請はない」(車載用半導体など電子部品商社)。ひと昔前とは違い、「合理化」を押し付ける“垂直統合”といった企業形態はすでに消失。いまは“水平分業”形態に移行している。
■次にクビが飛ぶのは消費者物価絡みの統計局長か?
関税というコストを企業、あるいはグループを巻き込んで吸収するかつての慣習はいまではあり得ない。これはトランプ政権で関税政策を牽引しているスティーブン・ミラー大統領経済諮問委員会委員長も気が付いていない重大な構造変化だ。
米国に競合企業が存在しない印刷機械企業などは、パッケージ(包装用)印刷機、オフセット印刷機など「関税分は価格転嫁している」(小森コーポレーション)。テーマパーク用遊戯機械企業なども同様の動きを採っている。米国には自動車などを除くとほとんど競合先企業というものがない。
つまり、米国はこの8~9月からほかならぬインフレに見舞われる。雇用急悪化を追いかけてインフレが米国に浸透する。次にクビが飛ぶのは消費者物価絡みの統計局長あたりになる?トランプ大統領がスタグフレーションの脅威を迎える秋はそう遠い時期ではない。(経済ジャーナリスト)
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)