【小倉正男の経済コラム】苦境のプーチン大統領 歴史は韻を踏むのか

■腐肉で始まった「戦艦ポチョムキンの反乱」

 『戦艦ポチョムキン』(セルゲイ・エイゼンシュテイン監督=1925年制作公開)というサイレント映画がある。1905年、ロシア黒海艦隊の新鋭戦艦ポチョムキンで起こった水兵たちの反乱を描いている。

 日露戦争(1904~1905年)の日本海海戦でロシアバルチック艦隊は壊滅している。戦艦ポチョムキンの反乱事件は、その日本海海戦の1カ月後のことである。いわばロシアの敗色がいよいよ濃厚になってきた日露戦争末期に勃発している。

 水兵たちの反乱は腐った肉をきっかけに起こっている。ウジ虫が湧いた肉でつくったボルシチに水兵たちは抗議したが、将校は水兵を処刑した。水兵たちはこれに怒って一斉蜂起したという出来事である。ロシアの第1次革命期を象徴する事件が、戦艦ポチョムキンの反乱といえる。

■プーチン大統領が恐れる国民の離反

 どうやらプーチン大統領が、最も恐れているのはロシア国民の離反、さらには反乱とみられる。

 プーチン大統領は、ウクライナ軍事侵攻を戦争ではなく「特別軍事作戦」としている。30万人ともいわれる大規模召集も総動員令ではなく、わざわざ「部分的動員令」と名付けている。クリミヤ橋の爆破も戦争なら当たり前のことだが、ウクライナの情報機関による「テロ」「テロ行為」と限定している。「プーチンの戦争」を意図的にことさら矮小化・些末化しているようにみえる。

 「プーチンの戦争」は、ウクライナのネオナチ政権を叩く、一掃するという空想じみたフィクションで開始されている。そのうえプーチン大統領は、ウクライナ侵攻をあくまで短期で仕上げるという自分に都合の良いプラン(想定)で始めたとみられる。

 第1戦略目標だった首都キーウ攻略は、空挺部隊などを投入して1~2日で陥落させるという「電撃作戦」のつもりだった。だが、ウクライナの反撃が想定を超えて強く、ロシアは1か月後にキーウ攻略を断念して撤退。ロシアのキーウ攻略はあえなく敗退に終わっている。プーチン大統領が描いていたウクライナ早期制圧は惨めなフィクションに終わっている。

■プーチン大統領にロシア国民はどこまで付き合えるか

 問題はプーチン大統領のフィクションにロシア国民がどこまで付き合えるか、直裁にいえば耐えられるかである。

 ロシアはウクライナ東部、南部の実効支配地拡大に戦略目標を切り替えたが、ここでもロシアの破綻・敗色が隠しきれなくなっている。9月ウクライナはハルキウ州全域を奇襲作戦で電撃的に奪還した。慌てふためいたロシア軍は戦車、装甲車など武器・弾薬を大量に置き去りにして身ひとつで潰走している。

 ロシアはたまらず9月末に「偽りの住民投票」を実施したうえで、ウクライナ東部、南部のルガンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンの4州をロシアの一部として併合・編入を強行している。だが、この4州にしても、実体はウクライナが反転攻勢に転じ、ウクライナ側の領土奪還が確実に進行している。

 現状はロシアの実効支配地域はアッという間に大きく後退している。ロシアがキーウ制圧から切り替えた東部・南部4州併合・編入という目論見もフィクションに限りなく近づいている。「核の恫喝」をロシアは何度となく巧妙に使っているが、それでもおそらくロシアの敗色・劣勢という趨勢は揺らがないとみられる。

■「歴史は繰り返さないが韻を踏む」

 9月後半に発令されたプーチン大統領の「部分的動員令」では、召集された人たちに動揺が走っている。「部分的動員令」発令から1週間で20万人を超えるロシア人が国外脱出を果たしている。それだけではない。

 召集に応じたロシア人にも困惑が広がっている。支給された装備が1970~80年代のもので、防寒用の迷彩服、手袋、保湿用下着、寝袋などを25万円かけて用意した家族があるという報道が流れている。武器、防弾チョッキ、ヘルメットなども行き渡らず、食糧も自前で調達といった状態といわれている。

 鵜呑みにはできない情報にしても、仮に装備らしいものが何もないとすれば、前線に放り出されても何とも悲惨でしかない。

 これが事実、あるいは事実の一端であるとすれば、いずれ「戦艦ポチョムキン」のような反乱につながりかねない。それはプーチン大統領が最も恐れている事態である。「歴史は繰り返さないが韻を踏む」(マーク・トウェイン)といったことに果たしてなるのだろうか。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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