【小倉正男の経済コラム】「米国売り」がイーロン・マスク氏に加勢!?「大きくて美しい財政法案」にNO

■米国の制度に篭められた倫理、規律に一顧すらなし

 前週末発表の5月米国雇用統計はかなり厳しいものになると想定されていた。端的に言えば、トランプ大統領の高関税政策のマイナス面が雇用に影響を及ぼすのではないかと懸念されていた。非農業部門雇用者数は前月比13・9万人増(前月改定値14・7万人増)と事前予想の13万人増を僅かだが上回った。

 米国の雇用だが、高関税の不確実性からひと頃の勢いはなくなっている。連邦政府就業者が2・2万人の大幅減、製造業、小売業などが減少している。やはり、高関税に直撃される製造業、小売業に影響が及んできている。増加したのは病院などヘルスケア、レストランなどサービス産業――。失業率は4・2%と前月同様であり、横ばいとなっている。

 事前には“景気後退が顕著になるのではないか”という「雇用悪化」が想定されていただけに週末のNY株式は上昇し、通貨ドルは買い戻された。

 トランプ大統領は、事前予想が悲観的だったことから米連邦準備制度理事会(FRB)パウエル議長に「“遅過ぎ”パウエルは今すぐに金利を下げるべきだ」と利下げを要求していた。雇用統計発表後には「1%利下げ」を再要求、経済の「燃料になる」としている。

 大統領がFRBに圧力をかけるなどあってはならない、しかも「1%利下げ」というのは通常の利下げ(0・25%)の4回分に当たる。いわば度外れた圧力をかけている。トランプ大統領においては、米国の制度、その制度に篭められた倫理、規律、理念は一顧すらなされていない。

■ウォルマート、アップルに対する専制主義的な圧力

 小売り最大手ウォルマートは「関税分は値上げする」と発表したのだが、トランプ大統領はウォルマートに対して「関税を負担しろ」と要求している。「値上げを関税のせいにするのは止めろ」。いわば、ウォルマートは関税を負担して、値上げをしないで“赤字販売”しろと言っている。

 ウォルマートとしても棚に並べた商品が売れなければ死活問題であり、企業努力はするに違いない。しかし、関税の価格転嫁をするな、関税は販売企業が負担しろ、値上げを関税のせいにするな、というのは企業にとっては無茶苦茶な要求にほかならない。

 トランプ大統領は、アップルに対しても「米国で販売されるiPHONEは、インドなどどの国でもなく、米国で製造されるべきだ」と米国内に製造拠点を新設しろと要求している。「それができなければ、少なくとも25%の関税を払わなければならない」。アップルに対しては個別に特別関税を用意するとしている。

■「大きくて美しい財政法案」を罵るイーロン・マスク氏に「米国売り」が加勢

 トランプ大統領のウォルマート、アップルといった米国を代表する企業への圧力・介入は、いまの米国は王政専制国家か、あるいは社会主義専制国家のやり方と同列になっていることを示している。本来、米国の資本主義が掲げてきた自由という理念とは対極にある言動である。

 だが、いま確実に言えるのはトランプ大統領の“権力”には、事実上制限が厳重にかけられている。

 マーケットの米国債、通貨ドル、NY株式に対する「米国売り」は、トランプ大統領の暴走にNOを突き付け、ストップをかける役割を果たしている。トランプ大統領が不穏な動きをすれば、即座に「米国売り」が発動される。「米国売り」がいわば強力な「トランプ自警団」になっている。

 いま焦点になっているのが「ひとつの大きくて美しい財政法案」(トランプ大統領)。富裕層には大幅減税、「メディケイド」など低所得層には歳出削減という法案だ。米国財政をさらに膨張・悪化させ、貧富格差の拡大を促進する。この財政(減税・歳出削減)法案は、下院をギリギリで通過、現状は上院に送られている。

 この法案では、トランプ大統領と政府効率化省(DOGE)を退任したイーロン・マスク氏の罵り合いがすでに勃発している。マスク氏は、「もう我慢ならない」「不快で忌まわしい」、この法案は“財政赤字を拡大し米国民に持続不可能な債務を背負わせる”と指摘している。マスク氏はトランプ大統領の弾劾まで発言しており、両氏の関係破綻は決定的だ。

 おそらくこの財政法案の最終局面では、米国の財政膨張を嫌って「米国売り」が「トランプ自警団」の役割を果たす可能性が高い。「米国売り」はイーロン・マスク氏に加勢する。トランプ大統領にNO、少なくとも財政法案は大幅修正を余儀なくされる。トランプ大統領にとっては、「相互関税」と同様な顛末だが本人が望んでいたものと真逆の最悪な局面に陥ることになりかねない。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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