【小倉正男の経済コラム】世界の安全保障に深刻な亀裂 大統領執務室での口論

■トランプ大統領には不名誉=「トランプセッション」の命名
 
 3月10日、NY株式市場は一時1100ドル以上の大幅安となった。それに続く11日前場の日本市場も1000円を超える暴落となり、平均株価は取引時間中に3万6000円台を割り込んでいる。「弱気相場」(ベアマーケット)入りの様相となっている。
 
 株式市場は、トランプ大統領の関税戦争、さらには連邦職員大量削減など政府支出カットによる景気後退(リセッション)懸念を強く意識している。市場、そしてメディアは早速のところトランプ大統領の政策によるリセッションを「トランプセッション」と名付けている。
 
 9日のテレビニュースで、トランプ大統領は年内のリセッションについて質問されている。「私はそのようなことを予測するのは嫌いだ。我々は非常に大きなことを行っているので過渡期がある」。トランプ大統領はそうコメントしている。
 
 トランプ大統領は、景気後退に陥る可能性を排除しなかった。強気一辺倒のトランプ大統領がしおらしく景気後退という現実の懸念を認めたことになる。インフレとデフレが手をつないで一緒に押し寄せる可能性が強まっている。
 
 いまではトランプ大統領の暴走を止めるのは株価の暴落、もっといえば経済・景気の低迷しかない。トランプ大統領としたら「トランプセッション」という新語は不名誉であり、面白くないに違いない。だが、暴走はいまさら止まらないからその度に暴落。世界経済は「トランプセッション」という地獄の淵に呑み込まれる局面となっている。
(ここでは大統領令で使用禁止になる前に用いさせてもらうことにする)
 
■安全保障=米国と欧州諸国に深刻な亀裂
 
 「大惨事」といえば、トランプ大統領、ヴァンス副大統領、あるいは親トランプ派記者も加わってのウクライナのゼレンスキー大統領への口論(悪態)は何とも言いようがないものだった。
 
 トランプ大統領は、口論の果てにウクライナへの軍事支援、さらには軍事機密情報の提供も一時停止している。米国に戦禍から逃れてきたウクライナ人(24万人)の在留資格を剥奪する決定にまで話を波及させている。
 
 米国のウクライナへの「口論」(悪態)、そして無慈悲といえる圧力のかけ方は英国、フランス、ドイツなど欧州諸国に米国への猜疑心を呼び起こしている。プーチン大統領がウクライナを侵略しているのは明白だが、トランプ大統領は何とプーチン大統領に肩入れしている。そのうえゼレンスキー大統領を一方的に「悪者」扱いしている。
 
 露呈したのは、米国の強大な軍事力に一辺倒に依存するリスクの極大化だ。いざとなれば米国が救ってくれる、守ってくれるという安全保障は、少なくともトランプ大統領とは共有できる枠組みではない。米国と欧州諸国に深刻な亀裂が生じている。それが大統領執務室で起こった「口論」(悪態)の果てにもたらされた新事態にほかならない。
 
■同床異夢の和平交渉
 
 トランプ大統領は、ロシアのプーチン大統領側に立って和平交渉をまとめようとしている。プーチン大統領のほうは、トランプ大統領の信じられないような融和姿勢にこれは罠(落とし穴)ではないかと警戒を怠っていない。あまりの美味しい饅頭を目の前にしてこれを本当に食べてよいのかと戸惑っている構図である。
 
 ゼレンスキー大統領、英国、フランス、ドイツなど欧州諸国は、トランプ大統領の和平交渉は最低限でも公正なものになるかという疑念を拭えていない。プーチン大統領の力による現状変更を認めれば、ロシアは時期を伺ってウクライナに続きバルト3国、フィンランド、ポーランドなどに侵攻する不安感が残らざるを得ない。
 
 欧州諸国の一部には、トランプ大統領の和平交渉を同盟への「背信」と見る論調も現れている。「今日のウクライナは明日の台湾」、そうした言葉が語られてきた。台湾のみならず日本、韓国も安全保障では欧州諸国と同様に亀裂が生じている。
 
 いずれも「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領のディールによりそれぞれもたらされている。「関税戦争」は世界経済をすでに混迷させている。「ウクライナ戦争」は同床異夢を絵に描いたような和平交渉が行われることになる。それでも交渉で平和が生み出されるのか。おそらく混迷は始まったばかり、先はまったく見えない。(経済ジャーナリスト)
 
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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