【小倉正男の経済コラム】トランプ大統領の関税狂時代 一幕芝居は終わった、ネタバレで二幕目は札止めにはならない

■トランプ大統領は腰砕け、米中がお互いに追加関税115%切り下げ

 「145%VS125%」という極限の関税戦争になっていた米中だが、急転直下でお互いに掛け合っていた追加関税を115%切り下げることで合意した。

 米国は中国に課していた追加関税145%を30%に下げる。中国も報復で行った125%の追加関税を10%にする。(米中ともに下げた関税の24%は90日間停止とする。その90日間の停止期間に米中は貿易関係について協議するという決着となっている。)

 強気一辺倒に大見得を切っていたトランプ大統領だが、ディールとしては腰砕けの格好だ。注目されたのはベッセント財務長官の発言である。

 「米中のデカップリング(切り離し)は望んでいない」。ベッセント長官はそう言い切っている。破綻が目立つトランプ大統領をベッセント長官が大人の判断で救っている構図に映る。

■スーパーの「店舗の棚はまもなく空になる」という恐怖

 4月後半、トランプ大統領はウォルマート、ターゲット、ホーム・デポなど小売り代表企業CEOとホワイトハウスで会談している。米国GDP(国内総生産)の70%は個人消費である。小売りは紛れもなく米国経済を左右するファクターである。

 「(関税戦争を深刻化させれば)店舗の棚はまもなく空になる」(CNN報道)。小売り大手企業CEOたちはトランプ大統領にそうした警告をしている。

 トランプ大統領の頑迷な岩盤支持者でも棚に何も置かれていないスーパー、ディスカウンター、ホームセンターの店舗風景を目にしたらたじろぐに違いない。米国は店舗の棚に並ぶものを何ひとつくっていない。

 さすがのトランプ大統領もそうした恐怖を想起したのかもしれない。皮肉にも米中が馬鹿げた関税を取り下げたらNY株式、米国債、ドルがそろって大幅に買い戻された。久々のトリプル高(米国買い)である。

■トランプ大統領の“関税狂時代”

 トランプ大統領が「解放の日」と称して4月初めに「相互関税」を発表したら、トリプル安(米国売り)に見舞われた。ヘッジファンドなどの「米国売り」は徹底したものだった。

 その時もベッセント長官が90日間の停止でトランプ大統領の破綻を救っている。少し大人しくしていればよいのだが、それができない。トランプ大統領は民間航空機、航空機エンジンほか同部品の輸入について安全保障面から調査を開始したと発表している。

 通商拡大法232条による措置とされている。現状は鉄鋼・アルミ、自動車・同部品に25%の特別関税が賦課されている。これらも232条によりトランプ大統領のサインで実施されている。航空機・エンジンほか同部品にも25%関税が追加される可能性が強くなっている。

 直接、被害を受けるのはボーイングだ。すでに10%の共通関税を負担させられているわけだが、関税負担は顧客に転嫁するしかない。25%関税となれば、競争力に影響が及ぶことになる。ボーイングに航空機部品を供給しているのは、日本企業では三菱重工業、川崎重工業、ジャムコなど。これらの企業も影響を受ける。

 「安全保障」という名目が使われているが、解釈次第で何にでも特別関税を追加できる。特別関税が医薬品、半導体、映画などに及ぶのも時間の問題とみておく必要がある。その先には半導体製造装置・同部品なども俎上に上がるに違いない。

■トランプ大統領を支えるミラン委員長の迂遠で“深遠”な関税理論

 トランプ大統領は「関税は米国を再び豊かにし再び偉大にする」と思い込んでいる。その思い込みを支えているのがスティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長だ。

 ミラン委員長は、“関税は輸出国にとって増税になる”という理論を語っているのだが、トランプ大統領はそれを信じて疑わない。そうでなければ、全世界を敵に廻した“関税狂”のような行動はあり得ない。

 関税は輸入する側が負担するのが現実だ。輸入する業者が関税を負担し、消費者に価格転嫁する。関税は輸入国の消費者にとって「増税」になる。輸入国は関税によるインフレの直撃を受けるというのが通常の考え方だ。ミラン委員長はどうやら通常の人ではないようだ。

 ミラン委員長の理論は迂遠というか幽玄というか、通常な理論ではない。関税を課せられた輸出国の通貨は切り下げで“減価”する。輸出国通貨の“減価”により輸入国は関税によるインフレ要因を緩和できることになる。輸出国は通貨が切り下がるので、輸入価格は逆に割高になってインフレ要因を抱えこむ。迂遠に廻り廻って、それらによって関税は輸出国の「増税」となる――。

 トランプ大統領は迂遠な道をたどって「関税は米国を豊かにする」という“深淵”な理論にたどり着いたということになる。

■マーケットはミラン委員長の理論に明確にNO

 トランプ大統領、その後ろにいるミラン委員長を悩ましているのは、「関税は米国を豊かにする」という理論がマーケットからは“おまじない”程度にしか見られていないことだ。

 仮に「関税は輸入国の増税ではなく、輸出国にとって増税になる」、その結果「関税は米国を豊かにする」という理論が正しいなら、米国のいまは大変な好景気に踊っていたに違いない。それこそ、NY株式、米国債など債券、通貨ドルは揃って上昇しているということになる。

 そうなっていればトランプ大統領の支持率は騰がりまくって、「三期~四期目でも好きなだけ大統領をやってほしい」「ノーベル経済賞を受賞すべきだ」という世論になっていたに違いない。トランプ大統領、ミラン委員長などはそのような夢をみていたと思われる。

 「トランプ関税戦争」の一幕芝居は良かれ悪しかれ満員御礼の札止めといった盛況だった。しかし、ネタバレは明らか、筋書きはあらかた見えてしまった。二幕目はあるのかどうか知らない。いや二幕目もあるのだろうが、一幕目のような札止めはないのではないか。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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